
| 宇治に着いて驚くことは、茶そば・茶だんご・抹茶アイス・茶処など、 とにかくお茶づくしです |
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| 交通 JR黄檗駅,京阪黄檗駅から徒歩5分 | |||
| 緑樹院のすぐ近く、緑の老松の中に広がる大伽藍が黄檗山萬福寺です。江戸時代初期の寛文元年(1661年)、中国の僧、隠元禅師が創建されたこの寺は、全国五百ケ寺の末寺をもつ黄檗宗(禅宗)の大本山です。この総門を一目見ただけで日本古来の寺院ではないことはすぐにわかります。開祖から十三代までの歴代住職は全て中国僧がつとめており、他ではお目にかかれない魚板・卍崩しの勾欄など異国ムードが漂います。境内には中国風の諸堂大小五十数棟が建ち並び、そのうち十七棟が重要文化財に指定されています。建物とともに知られるのは四十四面の額と五十六対の聊。いながらにして墨跡展を観る思いがします。山門の扁額「萬福寺」は隠元禅師の筆によるものです。 | ![]() |
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| 萬福寺にある魚板(魚鼓) | |||
| いくつもの文学作品を生んだ宇治の里。今ではもはや「源氏物語・宇治十帖」の面影はありませんが、一条ずつの物語にまつわる地を訪ねてみてはいかがでしょう。小倉百人一首には藤原定頼が「朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに、あらはれ渡る瀬々のあじろぎ」、喜撰法師は「わが庵は都の巽鹿ぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり」と歌っています。また源氏物語では薫大将の失意をテーマに「橋姫・椎木・総角・早蕨・寄木・東屋・浮舟・蜻蛉・手習・夢浮橋」の宇治十帖が描かれています。 | |||
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| 西国三十三所第十番の霊場。平安京ほ造営した桓武天皇の父・光仁天皇の勅願寺とされています。現在の建物は文化年間(1804〜1818年)に再建されたもので、藤原時代の清涼寺式釈迦像や鎌倉時代の昆沙門天立像などがのこされています。境内には「山吹や宇治のほいろの匂うとき」の句碑があります。 | |||
| 宇治川 | |||
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| 交通 京阪宇治駅から徒歩10分 | |||
| 十円玉に描かれている鳳凰堂。実際に目の前に建つ鳳凰堂は、威風堂々として雅びを感じさせます。平等院は、藤原道長の別荘を、その子頼道が仏堂としたもの。池に面して建つ鳳凰堂は、もともと阿弥陀堂として建立(1503年)されました。また、銅鐘は日本三鐘の一つに数えられる鎌倉時代の作品です。 | |||
| 平等院鳳凰堂 | |||
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